仙台地方裁判所 平成2年(ワ)742号 判決 1997年1月30日
両事件原告
高橋正一
同
三浦亮一
同
千葉兵八
同
岡本衛
同
渋谷勝宏
同
黒田俊宏
同
櫻井裕一
同
神林功
(以上の原告ら八名を、以下「原告高橋ら」という。)
乙事件原告
鉄道産業労働組合
右代表者執行委員長
氏部隆夫
(以下「原告組合」という。)
右原告ら九名訴訟代理人弁護士
鈴木宏一
同
高橋耕
両事件被告
東日本旅客鉄道株式会社
右代表者代表取締役
松田昌士
右代理人支配人
福西幸夫
右訴訟代理人弁護士
三島卓郎
主文
一 原告高橋らの甲事件における動力車乗務員兼務解職発令の無効確認を求める部分の訴えをいずれも却下する。
二 原告高橋らの甲事件におけるその余の請求及び原告らの乙事件における請求をいずれも棄却する。
三 訴訟費用は両事件を通じ原告らの負担とする。
事実及び理由
第一 請求
一 甲事件
1 原告高橋らと被告との間において、被告が同原告らに対しなした、別紙1の「昭和六三年四月五日付発令勤務箇所、職名」欄記載の動力車乗務員兼務解職の発令はいずれも無効であることを確認する。
2 被告は、原告高橋正一に対し三九万六七八六円、同三浦亮一に対し四七万〇三九六円、同千葉兵八に対し四七万六五七三円、同岡本衛に対し四七万九九二〇円、同渋谷勝宏に対し三三万〇〇七〇円、同黒田俊宏に対し三一万五九〇三円、同櫻井裕一に対し四九万四〇七九円、同神林功に対し三二万三〇四四円、及び右各金員に対する平成八年八月二一日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。
二 乙事件
被告は、原告組合に対し一〇〇〇万円、原告高橋らに対しそれぞれ五四〇万円及び右各金員に対する平成八年四月一日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。
第二 当事者の主張
一 請求原因
1 当事者
(一)(1) 原告高橋らは、いずれも、もと日本国有鉄道(以下「国鉄」という。)の職員であり、昭和六二年四月一日に国鉄が分割民営化されたことに伴い、右同日から、被告の従業員となった者である。
原告高橋らの経歴は、それぞれ別紙3ないし10記載のとおりである(なお、以下、国鉄における機関士、電気機関士、電車運転士及び気動車運転士並びに被告における主任運転士及び運転士を総称して「動力車乗務員」という。)。
(2) 原告組合は、昭和五九年五月に設立された被告内の組合であり、原告高橋らは、いずれもその組合員である。
(二) 被告は、昭和六二年四月一日、日本国有鉄道改革法(以下「改革法」という。)に基づいて設立され、国鉄が経営していた旅客鉄道事業のうち東日本地区(青森県から静岡県の一部までの一都一五県にわたる地域をいう。)における事業を承継した株式会社である。
2 本件兼務解職発令及び賃金減額
(一) 原告高橋らは、昭和六二年三月一日当時、いずれも別紙1の「従前の勤務箇所、職名」欄記載の職場に勤務しており、いずれも動力車乗務員の職にあった。
国鉄は、同月一〇日、原告高橋らに対し、右職と別紙1の「昭和六二年三月一〇日付発令勤務箇所、職名」欄記載の職の兼務を命ずる旨の発令(以下「本件兼務発令」という。)をし、原告高橋らを動力車乗務員から仙台駅直営売店、直営飲食店、旅行センター分室の営業係の職へ異動させた(以下、配置転換により職名を変更した場合と兼務発令等によって職場を変更した場合の双方を含めて「異動」という。)。
しかし、原告高橋らは、右兼務発令により、動力車乗務員と仙台駅営業係等の職を兼務する形式で、給与表上、動力車乗務員としての給与号俸を適用されていた。
被告設立委員会は、同月一六日以降、本件兼務発令後の状態である勤務箇所、職名を被告のそれに読み替える通知を行った。
(二) 被告は、昭和六三年四月一日、被告賃金規程三〇条八項を改正し、動力車乗務員から動力車乗務員以外の職名に異動した場合の給与の調整に関し、同項三号を設けた。同項本文と一号ないし三号の内容は次のとおりである。
「運転士及び主任運転士(以下これらを「動力車乗務員」という。)と動力車乗務員以外の職名の異動に伴う調整は、次の各号に定めるところによる。
(1) 動力車乗務員から動力車乗務員以外の職名へ異動した場合は、二号俸を減じ、動力車乗務員以外の職名から動力車乗務員へ異動した場合(最低号俸を適用する者にあっては、最低号俸適用後)は、二号俸を加える。
(2) 前号に規定する異動に伴う号俸の加減については、動力車乗務員から動力車乗務員以外の職名へ異動した場合は、異動前の適用基本給表において二号俸を減じ、動力車乗務員以外の職名から動力車乗務員へ異動した場合は、異動後の適用基本給表において二号俸を加える。
(3) 昭和六三年四月一日以降、動力車乗務員から動力車乗務員以外の職名に異動した場合は、前各号の定めにかかわらず、異動した日から二年後の応当日の前日までの間、二号俸を引き続き保障する。
ただし、本人の責に帰すべき事由により転職又は降職する場合並びに保障を受けている期間中に八等級に昇進する場合及び動力車乗務員となる場合を除く。」
(なお、昭和五三年四月一日時点で動力車乗務員であった者は、異動に伴う加算措置は同規程附則四項により二号俸でなく三号俸であった。)
(三) しかるに、被告は、昭和六三年四月五日、原告高橋らの動力車乗務員の兼務を解き、別紙1の「昭和六三年四月五日付発令勤務箇所、職名」欄記載のとおり、仙台駅営業主任又は営業指導係(以下、被告における営業主任、営業指導係、営業係の三者を総称して「営業係等」という。)の職とする旨の発令(以下「本件兼務解職発令」という。)をした。
原告高橋らは、右賃金規程三〇条八項三号の規定によりその後も平成二年四月四日まで動力車乗務員と同じ号俸を受けていた。しかし、被告は、原告高橋らにたいし、平成二年四月五日付をもって、右二年間の期限が切れたことを理由に、別紙2の「平成二年四月五日付発令」欄記載のとおり、基本給を二号俸ないし三号俸減じる旨の発令(以下「本件減俸発令」という。)をした。
3 本件兼務解職発令の無効原因1(労働契約違反)
(一) 原告高橋らは、国鉄に採用される際は、職種の定めなく国鉄の職員として採用されたものの、採用後の教育課程で乗務員部門と検修部門のうち乗務員部門にクラス分けされ、動力車乗務員としての教育を受けた上、動力車乗務員の職に就いた。
原告高橋らは、その後本件兼務発令まで一貫して国鉄仙台鉄道管理局運転部に所属し、昭和六二年六月上旬まで動力車乗務員の職にあった。
(二) また、原告高橋らは、国鉄時代は国鉄動力車労働組合(以下「動労」という。)の組合員としてその意に反する配置転換は受けないとの労働協約(昭和四六年締結)の効力を長年にわたって受けてきており、国鉄時代には、本人の希望による場合を除いては、動力車乗務員から他職種への異動はなされていなかった。
(三) 右の経過からして、原告高橋らと被告との間の労働契約においては、原告高橋らの職種は動力車乗務員に限定される旨の合意があったというべきである。とすれば、原告高橋らを本件兼務発令及び本件兼務解職発令によって他の職種へ異動するためには、原告高橋らの同意が必要であった。
したがって、原告高橋らの同意を得ていない被告の本件兼務解職発令は、労働契約違反であって無効である。
4 本件兼務解職発令の無効原因2(配転命令権の濫用)
(一) 異動による原告高橋らの不利益
動力車乗務員からそれ以外の職に異動され、減俸が発令されることにより、従業員は、基本給が二号俸ないし三号俸減額となる(月二七〇〇円ないし四四〇〇円の減額)ばかりではなく、動力車乗務員手当等の各種手当(月額合計毎月七万円ないし八万円)が支給されなくなり、賃金が大幅に減少する。この減額により、従業員の生活設計に与える影響は多大であり、とりわけ多額の教育費のかかる高学年の子を有する従業員及び家を新築した従業員などへの影響は甚大である。しかし、本件兼務解職発令にあたり、被告は、原告高橋らの右のような家庭生活上の事情等を一切考慮していない。
(二) 本件兼務解職発令及び賃金減額の不合理性
(1) 賃金は労働契約の重要な要素であり、その減額については就業規則の変更をもってする場合であっても厳しく合理性を判断すべきである。
被告は、原告組合の反対にもかかわらず、昭和六三年四月一日、賃金規程三〇条八項に前記の三号を追加し、しかも、原告高橋らの意向を全く聞かずに同月五日原告高橋らに対し本件兼務解職発令をした。そして、二年後には三号の適用によって原告高橋らの号俸を減俸した。しかしながら、この間、原告高橋らの職務には何ら変動はない。
このように、職務に変動がなく、しかも、原告組合もしくは原告高橋らの同意なくしてなされた賃金減額措置には何ら合理性はなく、それ自体無効である。
(2) 国鉄が、昭和六二年三月一〇日付で原告高橋らに対し本件兼務発令をなし、動力車乗務員の職から仙台駅営業係等の職へ強制的に異動を行った際、国鉄当局の現場長は、いったん営業係等に異動した者を、二年程度経過後は再度動力車乗務員に復帰させる旨の説明を行っており、本件兼務発令は、二年後には現職に復帰することを当然の前提としていた。これは、動力車乗務員の人員に一定の余剰があり、この者に営業係等の業務を行わせる場合、特定の者だけを営業係等に異動すればその者は大幅に賃金を減額させられることになるのであるから、動力車乗務員として技量的にも勤務態度にも何ら差のない者の中から一定の者のみを動力車乗務員から営業係等に強制的に異動することがきわめて不公平な結果となるという事情によるものである。
国鉄当時の本件兼務発令の右のような趣旨からすれば、被告は、動力車乗務員の余剰人員分を一定年限を限って営業係等へ異動し、一定年限経過後は動力車乗務員に戻す異動を順次繰り返していくべきであったのである。右方法をとれば動力車乗務員相互間に何の不公平もなく、かつ動力車乗務員の余剰人員を営業係等として活用することが可能だったのである。
しかるに被告は、昭和六三年四月五日、特定の者だけを営業係に固定する結果をもたらす本件兼務解職発令をした。
原告高橋らは、動力車乗務員としての技量においても勤務態度においても何ら他の従業員に劣るものではない。原告高橋らのみが動力車乗務員を解職されて営業係等へ異動されなければならない合理的理由はない。
(3) 原告高橋らは、国鉄職員であった時に、営業部へ配属されたことはなく、また、一度も運転部以外への配属を希望したことはない。
(4) 被告は、一方でもともと運転士の資格を有する原告高橋らを営業の業務に据え置きながら、他方で、動力車乗務員不足に対処するため車掌区の従業員約三〇名を運転士として訓練育成している。運転士を訓練養成するためには、一名あたり五〇〇万円ないし一〇〇〇万円の費用を要する。運転士の資格を有し現職復帰を強く希望している原告高橋らを復職させず、莫大な費用をかけて新たに運転士を養成している被告の対応は不合理きわまりない。
(三) 従業員間、組合間差別の存在
被告は、これまで、東日本鉄道労働組合(以下「東労組」という。)に所属する従業員に対しては、兼務のまま出向させる等して賃金規程三〇条八項三号の適用を免れさせる、二年以内に動力車乗務員に戻して減俸しない、兼務解職して二年以内に動力車乗務員に戻せなかった従業員に対して一時金(賞与)を一律五パーセント増額して補う等の措置をとって給与の減額を行っていない。しかるに、原告高橋らを含め原告組合に所属する従業員に対しては、被告は、各右措置を適用していない。
(四) 出向の場合との不均衡
(1) 被告就業規則及び出向規程においては、出向の場合、その終了時には原則として元職場に戻すこととして、特段の事由が存しない限り、出向当時の職名のままで発令することとし、したがって、動力車乗務員の職名で出向発令を受けた者については、出向期間中業務の内容にかかわらず動力車乗務員としての給与が支給されることとなっている。
しかしながら、動力車乗務員から兼務発令で営業係等に異動させる者と、動力車乗務員から他の会社に出向させる者との間に差異を設ける理由は何もないから、前者に対してのみ、その動力車乗務員の職を解職する理由はなく、この点で本件兼務解職発令は不合理である。
(2) なお、動力車乗務員から東北総合サービス株式会社に出向し、その後再び動力車乗務員の業務に復職した従業員が八名いるが、その所属組合はいずれも東労組であり、原告組合所属の者はいない。
(五) 本件兼務解職発令の信義則違反
国鉄は、余剰人員の活用に伴う営業係等への兼務を命ずる際は、昭和六〇年八月に国鉄仙台駅鉄道管理局が定めた「仙台駅直営店舗開設について」及び「仙台駅直営店舗開設について(一部修正)」に基づき、全職員に公示し希望を募ってこれを実施した。このように、被告には余剰人員の活用に伴う異なる職種への異動には希望を募って実施するという慣行が存在する。しかるに、本件兼務解職発令は、右慣行に違反し、原告高橋ら従業員の希望を一切確認することなく、一方的かつ強制的になされた。
(六) 以上のような各事情のもとになされた原告高橋らに対する本件兼務解職発令は、配転命令権の濫用であり無効である。
5 本件兼務解職発令及び賃金減額の不当労働行為性
(一) 国鉄分割民営化の本質は、国鉄再建の名の下に、戦後労働運動の中心的役割を担ってきた国鉄労働運動の解体を目的としたものであり、国家的規模で行われた不当労働行為である。
(二) 原告高橋らは、いずれも原告組合の組合員であるところ、本件兼務解職発令には、前記4のような原告高橋らが原告組合の組合員であることが理由である不利益や差別が存在し、被告の不当労働行為意思は明らかである。また、右発令により、仙台運転区の一三名の原告組合の組合員のうち六名、而も仙台支部の四役全員が、また、陸前原ノ町電車区三名の同組合員のうち二名が、強制的に異動させられている。この結果、右仙台運転区及び陸前原ノ町電車区の原告組合の各支部の活動は大きな支障を来した。
また、動力車乗務員からそれ以外の職に異動されることによる前記の賃金等の減額は、原告高橋らの生計を圧迫し、その組合活動ひいては原告組合の活動及び財政にも支障を来す結果となった。
(三) これらの事情からすると、本件兼務解職発令は、原告高橋らが原告組合の組合員であることを理由とする不利益取り扱いないし原告組合の活動の弱体化を意図した支配介入であり、労働組合法七条一号、三号に該当する不当労働行為である。
6 被告の不法行為及び原告らの損害
以上のとおり、原告高橋らとの間の労働契約に違反し、配転命令権の濫用であり、かつ、不当労働行為でもある被告の本件兼務解職発令は、原告らに対する不法行為を構成する。これにより原告らが被った損害は以下のとおりである。
(一) 原告高橋らの損害
(1) 原告高橋らは、いずれも本件兼務解職発令によって二号俸ないし三号俸の減給となったため、別紙11のB欄記載の本件兼務解職発令によって本来受けるべき賃金と、同A欄記載の現実に受給した賃金との差額分の損害を被った。その平成二年四月一日から平成八年三月三一日までの合計額は、原告高橋らの各請求合計金額記載のとおりである。
(2) 右(1)の賃金減額のほか、原告高橋らは、動力車乗務員手当等の各種手当(月額合計七万円ないし八万円)が支給されなくなるという損害を被った。右各種手当の最低額は一人当たり月額五万円であり、昭和六二年四月一日から平成八年三月三一日までの九年分は一人当たり五四〇万円となる。
(二) 原告組合の損害
被告の不当労働行為により、原告組合に所属している従業員は、昇任試験に合格できないことはもちろんのこと、動力車乗務員に復帰することもできないとする固定観念が被告の職場を支配するようになった。このため、原告組合は、組織拡大について多大な影響を受け、その経済的、精神的損害は甚大であり、金銭に換算すると一〇〇〇万円を下らない。
7 よって、原告高橋らは被告に対し、本件兼務解職発令がいずれも無効であることの確認及び不法行為に基づく損害賠償請求として、賃金差額分につき別紙11記載の各金員及びこれらに対する訴えの交換的変更申立てをした準備書面が送達された日の翌日である平成八年八月二一日から完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払(甲事件)、並びに各種手当減額分につき、それぞれ五四〇万円及びこれらに対する不法行為後である平成八年四月一日から完済まで同割合による遅延損害金の支払と、原告組合は被告に対し、不法行為に基づく損害賠償請求として、一〇〇〇万円及びこれに対する右同日から完済まで同割合による遅延損害金の支払を求める(乙事件)。
二 被告の本案前の主張(本件兼務解職発令の無効確認請求に関し)
1 確認の利益の不存在
原告高橋らの無効確認請求にかかる訴えは、過去の法律関係の確認を求めるものであって、確認の利益がない。
2 権利保護の利益の欠如
原告高橋らの右訴えは、被告の就業規則である賃金規程三〇条八項三号を無視し、原告高橋らにのみこれと異なる処遇を求めるものであり、権利保護の利益を欠き却下を免れない。
三 本案前の主張に対する原告高橋らの反論
1 確認の利益
本件兼務解職発令は、原告高橋らに対し必然的に二年後の給与号俸の減俸をもたらすものであるところ、給与号俸は原告高橋らの基本給や各種手当の支給額についての基準となっている。したがって、本件兼務解職発令の無効確認によって紛争の一回的解決が図られるのであるから、確認の利益は存在する。
2 権利保護の利益
被告の就業規則である賃金規定三〇条八項三号は、原告高橋らに適用されないのであるから、被告の主張はその前提を欠くものである。
四 請求原因に対する認否
1 請求原因1(当事者)は認める。
2(一) 請求原因2(本件兼務解職発令及び賃金減額)は認める。
3(一) 請求原因3(本件兼務解職発令の無効原因1、労働契約違反)(一)のうち、原告高橋らは、国鉄に採用される際は、職種の定めなく国鉄の職員として採用されたこと、採用後の教育課程で動力車乗務員としての教育を受けた上、動力車乗務員の職に就いたこと、その後本件兼務発令まで国鉄仙台鉄道管理局運転部に所属し、動力車乗務員の職にあったこと、本件兼務発令及び本件兼務解職発令の際、原告高橋らの同意を得ていないことは認め、その余は否認する。
(二) 同(二)は争う。
原告ら主張の労働協約は昭和六二年三月三一日に失効している。
(三) 同(三)は争う。
被告と原告高橋らの労働契約の内容は、原告高橋らの職種を動力車乗務員に限定するものではなく、したがって、原告高橋らを営業係等に異動させる際にその同意を得る必要はない。
4(一) 請求原因4(本件兼務解職発令の無効原因2、配転命令権の濫用)(一)(異動による原告高橋らの不利益)のうち、動力車乗務員からそれ以外の職に異動されることにより、従業員は、基本給が二号俸ないし三号俸減額となること、動力車乗務員手当等の各種手当が支給されなくなることは認め、その余は否認する。
原告高橋らの基本給減少による経済的不利益は、定期昇給及びベースアップにより補われている。また、動力車乗務員に対して支給される手当が動力車乗務員でない者に支給されないことは当然である。
(二) 同(二)(本件兼務解職発令及び賃金減額の不合理性)のうち、
(1) 同(1)の、被告は、昭和六三年四月一日、賃金規程三〇条八項に三号を追加したこと、原告高橋らの意向を全く聞かずに同月五日本件兼務解職発令をなしたことは認め、その余は否認ないし争う。
職務ごとに異なった基準に基づいて賃金が支給されることが定められている場合、職務替えによって、賃金支給額が変動するのは当然である。原告高橋らは、本件兼務発令によって営業係等に配属されたのであるから、賃金減額はそれに伴う当然の結果にすぎない。
(2) 同(2)の、国鉄が、昭和六二年三月一〇日付で原告高橋らに対し本件兼務発令をなし、動力車乗務員の職から仙台駅営業係等の職へ異動を行ったこと、被告は、昭和六三年四月五日本件兼務解職発令を発令したことは認め、その余は否認ないし争う。
本件兼務発令の趣旨は、発令された者が二年後に現職に復帰することを当然の前提としていたものではない。また、国鉄の現場長が、発令された者に対し、二年後に動力車乗務員に復帰する旨の説明を行った事実はない。
(3) 同(3)は認める。
(4) 同(4)のうち、原告高橋らが運転士の資格を有することは認め、その余は否認ないし争う。
(三) 同(三)(従業員間、組合間差別の存在)は否認する。
被告の人事権の行使は、従業員の所属する組合とは無関係になされているものである。
(四) 同(四)(出向の場合との不均衡)のうち、
(1) 同(1)の、被告就業規則及び出向規程においては、出向の場合、その終了時には原則として元職場に戻すこととして、特段の事由が存しない限り、出向当時の職名のままで発令することとし、したがって、動力車乗務員の職名で出向発令を受けた者については、出向期間中業務の内容にかかわらず動力車乗務員としての給与が支給されることとなっていることは認め、その余の主張は争う。
被告就業規則及び出向規程によれば、出向の場合には、業務命令及び業務解職発令の場合とは異なり、動力車乗務員からそれ以外の職名への異動がないのであるから、賃金規程三〇条八項の適用がないのは当然であり、兼務解職と出向とを比較して論ずるのは誤りである。
(2) 同(2)は認める。
(五) 同(五)(本件兼務解職発令の信義則違反)のうち、本件兼務解職発令は、原告高橋らの希望を一切確認することなく発令されたことは認め、その余は否認する。
国鉄において、余剰人員の活用に伴う他系統の職場への兼務を命ずる際は、希望を募ってこれを実施してきたという慣行は存在しない。したがって、本件兼務解職発令の際、原告高橋らの希望を確認する必要はない。
(六) 同(六)は争う。
5 請求原因5(本件兼務解職発令及び賃金減額の不当労働行為性)のうち、
(一) 同(一)は争う。
(二) 同(二)の、原告高橋らがいずれも原告組合の組合員であること、動力車乗務員からそれ以外の職に異動されることにより賃金等が減額となることは認め、その余は否認ないし不知。
(三) 同(三)は争う。
6 請求原因6(被告の不法行為及び原告らの損害)は否認ないし争う。
五 被告の本案についての主張
1 被告における余剰人員の存在と関連事業の重要性
(一) 国鉄は、昭和三九年以来赤字経営を続け、種々の改善策を講じたにもかかわらずその経営状況は著しく悪化した。そこで、国鉄の分割民営化が第二次臨時行政調査会において提唱され、昭和五八年六月一〇日、日本国有鉄道再建監理委員会が設置された。右監理委員会は、国鉄の分割民営化を内容とする「国鉄改革に関する意見―鉄道の未来を拓くために―」を政府に提出し、これを受けた政府は、国鉄の分割民営化を進め、昭和六二年四月一日、被告を含む六旅客鉄道会社等一一の新事業体が設立され、国鉄の事業の大部分は右新事業体に引き継がれた。
ただし、被告を含む各新事業体が国鉄から引き継ぐべき事業、権利及び義務の内容は、改革法一九条ないし二二条に厳格に規定され、この中には国鉄と国鉄職員との間の労働契約関係は含まれず、新事業体は、この職員を新規採用することとされたものである。
(二) 右監理委員会は、前記意見において国鉄の余剰人員の問題を指摘し、国鉄の昭和六二年度における適正要員規模は一五万八〇〇〇人程度であるが、右新事業体への移行の時点で右人員をもって私鉄並みの生産性を実現するのが困難であることなどから、旅客鉄道会社、貨物鉄道会社及びその他の新事業体に移籍する要員の総数は約二一万五〇〇〇人が妥当であるとし、東日本地域の旅客鉄道株式会社の要員数を八万九〇〇〇人(うち旅客輸送業に必要な要員数は七万三〇〇〇人)とした。また右意見は、適正要員規模に上乗せした要員については旅客鉄道会社において関連事業の積極的展開等で逐次その有効な活用を図るべきであるとした。
(三) 昭和六二年四月一日、被告が設立された際にこれに採用された従業員数は八万二四六七人であり、右旅客輸送業に必要な要員数を九五〇〇人上回るものであった。
被告東北地域本社直轄地域(盛岡、秋田の両支店を除く地域。)においても、右同日の時点において、鉄道輸送業務に必要な要員数約七六〇〇人を約一二〇〇人上回る従業員が採用された。
その後、被告は、昭和六二年八月、平成元年四月、平成二年四月の三回にわたり、合計一二七七人の従業員を採用したが、これは、運輸大臣の行政指導及び日本国有鉄道精算事業団(以下「国鉄精算事業団」という。)の要請に基づき、同事業団の職員のうち雇用機会の乏しい北海道及び九州地区の職員を採用したことによるものであり、被告の要員が不足するために採用したのではない。
(四) このように、被告は、この設立当時から余剰人員を擁しながら事業の安定した運営と健全な発展を期する必要があったので、収益性を向上させるため、新規の業務や関連事業の開発と拡大に努め、余剰人員をそれらの業務へ積極的に振り向ける等の弾力的な施策が緊急課題とされていたのである。
2 被告発足時の採用手続とそれに基づく労働契約
被告設立に際し、設立委員が国鉄を通じて国鉄職員に提示した労働条件においては、採用後の就労場所及び従事すべき業務について被告の広範な裁量権が認められていた。また、国鉄は、右職員の被告への入社意思の確認に際し、その意思決定の資料として、職員の労働条件及び採用の基準を示した書面を配布したが、この書面には、従事すべき業務として、「旅客鉄道事業及びその附帯事業並びに自動車運送事業その他会社の行う事業に関する業務とします。なお、出向を命ぜられた場合は、出向先の業務とします。」と記載され、さらに「主な業務」の一つとして「関連事業の業務」が明記されていたのであり、これらのことからして、被告に採用された従業員は、右労働条件を知悉し、その上で被告を希望する旨記入した意思確認書を国鉄に提出して被告へ入社したのである。
したがって、原告高橋らは、被告採用の時点で、就業場所及び職種を何ら限定しない労働契約を被告と締結し、また同時に被告の弾力的な人事制度とその運用につき包括的同意をしていたものである。
3 本件兼務解職発令に至った経緯
被告は、昭和六二年四月一日の設立にあたり、国鉄職員であった従業員の勤務条件を把握しておらず、事業活動に合わせた適宜の人事発令を行うことは不可能であったことから、とりあえずは国鉄が行った人事発令の結果を一律に受け入れ、さらにその後一年間は、関連事業の導入期にあり、将来的展望も流動的な状態にあったため、暫定的な意味合いを持つ兼務発令をそのままにしておいた。その後被告は、昭和六三年四月に至り、民間企業として健全で安定した経営基盤の下で総合サービス企業として発展を目指すという観点から、関連事業をさらに拡大発展させるべく、本社に関連事業本部の他に新たに関連事業本部を設けるなど、組織改正を行って、関連事業の強化を図ることとした。これに伴い、直営店舗など関連事業に従事している従業員に対しては、それまで暫定的になされていた兼務発令について、(一)実際に従事している業務に適合した職名を発令した方がよいこと、(二)暫定的で複雑な兼務発令の状態では本人がいずれの経路を目指すのか昇進体系上も不明確で好ましくないこと、などの理由から、これを全社的に解消し、基本的には従事している業務に適合した適正な一つの職名にすることにして順次発令を行うこととし、各労働組合と団体交渉等を行い、所定の手続を経て兼務を解消し、国鉄当時の人事発令を是正するに至ったものである。
4 賃金規程三〇条八項三号の有効性
被告は、前記1記載のとおりの関連事業の重要性に鑑み、関連事業における従業員の業務遂行体制の明確化及び意識高揚を図るため、既存の現業機関と切り離し、新たに事業所を設置することとし、昭和六三年三月八日、各労働組合に対し賃金規程三〇条八項三号の追加を含む種々の提案を行った。
これらについて被告は、同月一五日に一部の労働組合を除いた大部分の労働組合と妥結した。
そこで、被告東北地域本社は、本社を代行し、同月九日、原告高橋らの所属する原告組合に対し、右の提案に関し被告本社が各組合に提示したと同内容のものを提案し、その中で、兼務を解消していく考えであることを示した。
被告東北地域本社は、同月二二日、原告組合と団体交渉を行い、同月二四日、「事業所における一般社員の職制及び等級区分に関する協定案」については妥結したものの、「賃金規程第三〇条第八項の特別措置に関する協定案」については妥結に至らなかった。
しかし、被告東北地域本社が、右団体交渉において、「労基法に基づき就業規則の改正手続を取らせていただく。」旨伝えたところ、原告組合は「意見は言ったので、改正手続を取るということであればそれはそれでよい。」と返答したので、これにより、右団体交渉は終了した。
その後被告は、事業所の設置に伴う就業規則の改正について、従業員の過半数で組織する労働組合の意見を聞いた上で、その意見書を添えて昭和六三年四月一四日までに各事業場の所在地を管轄する各労働基準監督署に届け出を完了した。
よって、賃金規程三〇条八項三号は有効に成立し、原告高橋らとの間でも効力を有するものである。
5 原告高橋らの不利益の不存在
(一) 被告は、旅客鉄道事業以外にも旅行業、倉庫業、飲食店業等、多彩な関連事業をも営むことを目的として設立された会社であり、しかも発足当初よりこれら関連事業の拡大強化を図ってきたのであるから、本件兼務発令以来原告高橋らが従事している営業係等の各職務も、被告の営む主たる事業における職務であり、鉄道事業における各職務と軽重の差はないものである。
加えて、原告高橋らはいずれも、被告入社時においては仙台駅営業係等に配属する旨の発令を受けており、入社の当初から関連事業部門に配属されることが予定されていたのである。
(二) 原告高橋らは、本件兼務解職発令の日から二年後に本件減俸発令によって二号俸ないし三号俸を減じられているが、同時に、原告高橋らの平成二年度の給与収入は、定期昇給やベースアップ等によりいずれも本件減俸発令前である平成元年の給与収入よりも上回っており、実質的不利益はないに等しい。
(三) また、原告高橋らは、動力車乗務員からそれ以外の職名に配置転換されたことにより、各種手当が支給されなくなったが、これは右の職務の変更に伴う当然の帰結である。
六 抗弁(消滅時効)
仮に、被告の本件兼務解職発令が原告らに対する不法行為となるとしても、右は昭和六三年になされたものであるから、原告らの損害賠償請求権は行為の時より三年間の経過によってすでに時効消滅している。
被告は、原告らに対し、平成八年九月一九日の本件口頭弁論期日において右消滅時効を援用する旨の意思表示を示した。
七 抗弁に対する認否
争う。
原告らが主張する被告の不法行為は、原告高橋らが毎年被告に対し不当労働行為の是正を求め、動力車乗務員に復帰させることを自己申告書等を通じて求めていたにもかかわらず、原告らの組合活動を嫌悪し拒絶していることも含まれている。また、原告高橋らが減俸されたことによる損害は、今日に至るまで継続して発生している。
したがって、原告らが訴求する損害賠償請求権は時効消滅していない。
第三 当裁判所の判断
一 本案前の主張について
1 被告が原告高橋らに対し、昭和六三年四月五日付で本件兼務解職発令をしたことは、当事者間に争いがない。
原告高橋らは、甲事件において右兼務解職発令の無効確認を求めているところ、一般にこのような過去の法律行為の無効確認訴訟が許されるのは、その無効を前提とした現在の権利又は法律関係の存否の確定で紛争の解決ができないなど、特段の利益が存する場合に限られる。しかるに本件の場合、原告高橋らは、本件兼務解職発令が無効であることを前提として、不法行為に基づく損害賠償請求の給付の訴えも併せて提起しており、かつ、右発令の無効を確認しても、当然に現在の給与号俸が変更になるなどして紛争の一回的解決が可能であるとはいい難く、右過去の法律行為の無効確認を求めなければならない特段の利益があると認めることはできない。
2 よって、その余の点について検討するまでもなく、右請求にかかる訴えは不適法である。
二 次いで、原告らの損害賠償請求について検討する。
1(一) 請求原因1(当事者)は当事者間に争いがない。
(二) なお、右争いのない事実及び原告高橋正一、同渋谷勝宏各本人尋問の結果によれば、昭和六二年三月の本件兼務発令当時、原告組合仙台支部において、原告高橋は委員長、原告千葉は副委員長、原告岡本は総務部長、原告三浦は書記長をそれぞれ務めていたことが認められる。
2 請求原因2(本件兼務解職発令及び賃金減額)は当事者間に争いがない。
3 請求原因3(労働契約違反)について
当事者間に争いのない事実に、甲第三四号証、第四〇号証、乙第二号証の一、二、第七号証の四、第九号証、第二六号証の一、二、証人森本雄司の証言、及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。
(一) 原告高橋らは、昭和三二年から昭和五四年までの間に、いずれも国鉄に採用された。
国鉄は、国鉄労働組合(以下「国労」という。)との間で、昭和四六年三月二日、雇用の安定等に関する協約を締結し、機械化、近代化、合理化等の実施に伴い、(1)雇用の安定を確保するとともに、労働条件の維持改善を図ること、(2)本人の意に反する免職及び降職は行わないこと、(3)必要な転換教育等を行うこと、(4)配置転換となる者及び職員の申出による休職の取り扱いを希望する者の取り扱いについては別に定めるところによるものとすることを約し、さらに、右(4)に基づいて、同年五月二〇日、配置転換に関する協定を締結した上、右規定に附属して、配置転換後において、本人が配置転換前の職場への復帰を希望する場合には、要員需給等を勘案し、できる限り復帰できるようにすることが了解されていた。また、同年六月一日には、原告組合設立までは原告高橋らも加入していた動労との間で、配置転換にあたっては、本人の意向を十分に尊重し、意思表示を強要しないこと等を内容とする国鉄近代化等の実施に伴う配置転換に関する協定が成立しており、実際上本人の意思に反する異動は困難になっていた。
しかしながら、これらの協約等は昭和六二年三月三一日、国鉄の終了とともに失効し、被告に承継されることはなかった。
(二) 原告高橋らは、昭和六二年三月三一日、国鉄を退職するとともに、同年四月一日、被告の設立に伴い、被告と労働契約を締結した。
被告社員管理規程には、次のように定められている。
「第五条 社員等の採用は、社長又はその委任を受けた者が行う。
2 社員等(管理職社員等を除く。)の転勤、転職、昇職、降職、昇格、降格、休職、出向、退職及び解雇については、所属長又はその委任を受けた者が行う。」
また、被告発足以前、国鉄は、被告の労働条件を説明するために、「北海道旅客鉄道株式会社、東日本旅客鉄道株式会社、東海旅客鉄道株式会社、西日本旅客鉄道株式会社、四国旅客鉄道株式会社、九州旅客鉄道株式会社及び日本貨物鉄道株式会社の職員の労働条件」と題する書面を原告高橋らを含む採用希望者に交付した。この書面には、被告従業員の従事すべき業務として、
「2 従事すべき業務
(各旅客鉄道株式会社)
旅客鉄道事業及びその附帯事業並びに自動車運送事業その他会社の行う事業に関する業務とします。なお、出向を命ぜられた場合、出向先の業務とします。」
と記載され、続いて、被告の主な業務の例として、「(7) 関連事業の業務」があげられている。
原告高橋らは、いずれも右書面の交付を受けた上で被告の採用に応募した。その際原告高橋らが国鉄総裁に対して提出した「意思確認書」と題する書面は、原告高橋らが希望する承継法人への就職申込書を兼ねるとされていたところ、右書面には、希望する職種を記載する欄はなかった。
なお、原告高橋らに対しては、国鉄当時の昭和六一年三月一〇日に既に本件兼務発令がなされており、また、同月一六日以降、被告設立委員会は、右発令後の状態である勤務箇所、職名を被告のそれに読み替える旨の通知を行っていて、これによって原告高橋らは、被告設立後は、営業係等の職務に従事することが予定されていることを知っており、被告設立後、現に右営業係等の職務に従事してきた。また、被告の設立に伴って動力車乗務員から動力車乗務員以外の職種に配置転換した被告従業員は、仙台運転区のみをとっても、原告らを含めて三〇名近く存在する。
(三) 以上認定の事実によれば、原告高橋らと被告との間で労働契約が締結されるにあたり、原告高橋らの職種を動力車乗務員に限定する旨の明示もしくは黙示の合意は何ら形成されておらず、右のような限定は労働契約の内容となっていないものというべきであり、他に、右合意の存在を認めるに足りる証拠はない。
(四) よって、原告らの被告の労働契約違反をいう請求原因3は理由がない。
4 請求原因4(配転命令権の濫用)について
当事者間に争いのない事実に、甲第一一ないし第一八号証の各一ないし五、第三四号証、第三九号証、第四二号証、乙第五号証の一、二、第九ないし一八号証、第一九号証の一、二、第二〇、第二一号証、第二二号証の一、二、証人森本雄司、同針木喬の各証言及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。
(一) 国鉄の分割民営化と余剰人員対策の経緯
国鉄は、昭和三九年度に欠損を生じて以来、多額の赤字を形上するようになり、さまざまな再建策が論じられたが、その中で、昭和五七年七月三〇日、第二次臨時行政調査会の第三次答申が内閣総理大臣に提出され、その中では、全国一元の公社から分割民営化への経営体制の見直しとともに、収入に比べて人件費の比率が高いといういわゆる余剰人員の問題が指摘されていた。
右答申の趣旨に沿った同年九月二四日の閣議決定「日本国有鉄道の事業の再建を図るために当面緊急に講ずべき対策について」を受けて昭和五八年五月に成立した「日本国有鉄道の経営する事業の再建の推進に関する臨時措置法」に基づき、同年六月一〇日に発足した日本国有鉄道再建監理委員会は、昭和六〇年七月二六日、国鉄を分割民営化することを基本とし、併せて巨額の債務等について適切な処理を行い、過剰な要員体制を改め、健全な事業体としての経営基盤を確立した上で、国鉄事業を再出発させること等を骨子とした「国鉄改革に関する意見―鉄道の未来を拓くために―」を内閣総理大臣に提出した。
右監理委員会は、右のとおり余剰人員の問題を指摘し、国鉄の昭和六二年度における適正要員規模は一五万八〇〇〇人程度であるが、旅客鉄道会社、貨物鉄道会社及びその他の新事業体への移行の時点でこれを実現するのが困難であることから、右新事業体に移籍する要員の総計は約二一万五〇〇〇人となるとし、東日本地域の旅客鉄道株式会社の要員数を八万九〇〇〇人(うち旅客輸送業に必要な要員数は七万三〇〇〇人)とした。
また、新経営形態への移行により、関連事業のより自由な展開が可能となるので、企業としての経営基盤の強化を目指すとともに企業の活力を維持する上からその伸展を図っていく必要があるとして、流通業や通信事業に至るまで、多角的、弾力的な事業展開が必要であるとした。
内閣は、同月三〇日、右意見を最大限に尊重する旨の閣議決定を行い、さらに同年一〇月一一日、「国鉄改革のための基本方針について」と題する閣議決定を行って、その中で、国鉄は、右意見の趣旨に沿って、新経営形態への移行のため、最大限の要員の合理化を進めるものとした。
国会は、昭和六一年一一月二八日、国が被告を含む六つの旅客鉄道株式会社及び日本貨物鉄道株式会社を設立し、地域に応じて国鉄の旅客鉄道事業等を前者に、貨物鉄道事業を後者にそれぞれ引き継がせること、右の引継ぎをしたときは、国鉄を清算事業団に移行させ、承継法人に承継されない資産、債務等の処理をするための業務等を行わせることなどを骨子とする改革法及びその他国鉄改革に関連する法律を成立させ、これらの法律は、同年一二月四日公布された。
昭和六二年四月一日、被告を含む六つの旅客鉄道会社及び日本貨物鉄道株式会社等が発足し、国鉄の鉄道事業等を承継して事業を開始した。
(二) 被告における関連事業の状況
国鉄は、日本国有鉄道法に基づいて設置されていたが、国鉄が行う事業については同法によって厳しく制限されていた。そのため、前示の昭和六〇年七月における国鉄再建監理委員会の国鉄改革に関する意見の中でも、民営化により、鉄道を主体とした多角的、有機的な事業展開の必要性が強調されるとともに、今後発足する各旅客鉄道会社においては、その適正要員規模約一五万八〇〇〇人に二割程度のいわば余剰人員を上乗せした合計約一九万人を移籍せざるを得ないことになるが、これら余剰人員については、各旅客鉄道会社において関連事業の積極的展開等で逐次その有効な活用を図るべきことが提唱されていた。
昭和六二年四月一日の被告の設立に際し、これに採用された従業員数は八万二四六九人であり、右旅客輸送業に必要な要員数を約九五〇〇人上回るものであった。
被告東北地域本社直轄地域においても、右時点において、鉄道輸送業務に必要な要員数約七六〇〇人を約一二〇〇人上回る従業員が採用された。このように、被告では、設立当初から余剰人員を擁して営業を開始した。
そのため被告は、昭和六二年四月に損害保険代理業等五業種、同年一〇月にはカプセルホテル、コンビニエンスストア等一五業種の展開につき運輸大臣の承認を受けるなど新規に関連事業に積極的に乗り出せる体制作りを進めた。
さらに、被告は、昭和六三年四月には、その本社において沿線地域等の不動産開発等を担当する開発事業本部の新設と、資産の適正管理及び流動分野、ホテル等の各種サービス事業を担当する関連事業本部内部部課の充実により、一層関連事業に重点を置いてこれに取り組む体制を整えた。
また、被告は、関連事業に従事する従業員の業務遂行体制の明確化及び意識高揚を図るため、既存の現業機関と切り離し、独立した現業機関として新たに昭和六三年四月一日をもって「事業所」を設置した。このように、被告においては、関連事業関係の昇進ルートや職名も整備されていった。
被告の関連事業は、その後着実にその規模を拡大した。被告における関連事業の従事者は、当初一九〇〇人程度であったのが、平成元年には約四九〇〇人に増えており、そのうち最も重点が置かれたのは、駅構内の直営売店であるが、その従事者は右一九〇〇人のうちの一二〇〇人程度、四九〇〇人のうちの三三〇〇人程度を占めている。また、関連事業による収入も、平成六年度においては一五四〇億円に達し、被告発足当時である昭和六二年度の1.9倍となっている。被告においては、今後、鉄道事業に飛躍的な伸びを期待できないことから、関連事業の拡大が重要なポイントとなる旨が指摘され、また、関連事業の拡大は、被告従業員の出向先、再就職先の確保の目的も併せ有している。
(三) 本件兼務発令の状況
国鉄において兼務発令がなされた場合には、従来の職名に基づいて決定された基本給が支払われるものの、現実には兼務発令にかかる業務に従事することが多く、実質的には配置転換と同様の結果となる取り扱いが行われていた。
なお、国鉄仙台鉄道管理局は、昭和六〇年八月、国鉄改革の一環としての関連事業展開の試みとして仙台駅の直営飲食店を初めて開設するにあたり、管内の全職員を対象として希望者約七〇名を募ったことがあった。しかしその後は、同局は、直営飲食店に勤務する者に対し異動を命ずる場合には、希望者のみに対して異動を命ずることはせず、通常の人事異動と同様、必ずしも本人の希望とは合致しなくても行うこととした。
被告は、その設立当初から関連事業の展開に積極的に乗り出した。しかしながら、関連事業の展開は被告にとって未知の分野であり、従業員が右事業に従事するについては不安感が残るためそれを解消すること及びそれまでの被告従業員の職名は、国鉄時代からの経緯により鉄道部門を中心とした職名であり、関連事業の職制については十分整理されていなかったため、従業員を関連事業の職務に従事させるには従前の職務と兼務することとして発令してきていた。そこで、被告会社設立に際し原告高橋らが入社するにあたっても本件兼務発令は維持された。
なお、被告就業規則二八条一項は、「会社は、業務上の必要がある場合、社員に転勤、転職、昇職、降職、昇格、降格、出向、待命休職等を命ずる。」とし、同二項は、「社員は、前項の場合、正当な理由がなければこれを拒むことはできない。」としている。
しかし、兼務発令は、従業員が二つ以上の職場に所属する結果をもたらし、被告の人事管理上複雑なものとなること、昭和六三年には、被告においても関連事業に関する職制が整備されてきたことから、被告は、関連事業に異動させた従業員に対してなした兼務発令を解消することとした。原告高橋らに対する本件兼務解職発令も同様の趣旨でなされたものである。
当時、東北地域本社内で兼務発令を受けていた者は約四三〇名であったが、これらは、動力車乗務員に限らず、車両の検査、修繕や保線の業務に従事していた者も多数存在した。そして、右兼務発令を受けていた者の大部分が関連事業に従事していたが、そのうち他の業務に短期間手伝いとして勤務する助勤、その他、指令業務従事者あるいは研修目的の兼務者など約一割の例外を除いた約四〇〇名については、原告高橋らと同時に兼務を解消された。このうち動力車乗務員との兼務を解消された者は、七〇名程度であった。
原告高橋らが仙台駅営業係等に配属された後、本件兼務解職発令までの間の昭和六三年二月に営業係等から動力車乗務員に復帰した者が四名いる。
この異動は、昭和六二年一二月のダイヤ改正に際し、陸前原ノ町電車区において動力車乗務員が不足し、一方、多賀城駅において関連事業の見直しをしたところ、もと動力車乗務員であった三名について異動させることが可能であったためなされたものである。また、他の一名は、右のような関連事業についての見直しはしなかったものの、仙台駅において、一名であれば右要請に応えることができるとされたことによる。
さらに、本件兼務解職発令後の昭和六三年一二月ころ、仙台駅の営業係等から動力車乗務員に三名の者の異動が発令された。そのうち一名は、動力車乗務員の中に不適格者がいて、その者を関連事業に異動させたことの補充として、残り二名は、運転指令区に異動する他の動力車乗務員の補充として、それぞれ異動したものである。
そして、これらの異動に際し、関連事業から動力車乗務員に異動する者を選考した基準は、動力車乗務員としての経歴がある程度長いこと、年齢的に見てもある程度若く、今後一〇年以上は動力車乗務員として勤務できること、に加えて、関連事業に対する適格性の判断をも加味して行うというものであった。
(四) 賃金規定三〇条八項改正の経緯
(1) 同項の内容
被告賃金規程(昭和六三年四月の改正前のもの)三〇条八項には、次の規定が存在した。
「運転士及び主任運転士(以下これらを「動力車乗務員」という。)と動力車乗務員以外の職名の異動に伴う調整は、次の各号に定めるところによる。
(1) 動力車乗務員から動力車乗務員以外の職名へ異動した場合は、二号俸を減じ、動力車乗務員以外の職名から動力車乗務員へ異動した場合(最低号俸を適用する者にあっては、最低号俸適用後)は、二号俸を加える。
(2) 前号に規定する異動に伴う号俸の加減については、動力車乗務員から動力車乗務員以外の職名へ異動した場合は、異動前の適用基本給表において二号俸を減じ、動力車乗務員以外の職名から動力車乗務員へ異動した場合は、異動後の適用基本給表において二号俸を加える。」
しかるに、右賃金規程は昭和六三年四月に改正され、三〇条八項に三号ないし六号が付加された。そのうち、三号の内容は、次のとおりである。
「昭和六三年四月一日以降、動力車乗務員から動力車乗務員以外の職名に異動した場合は、前各号の定めにかかわらず、異動した日から二年後の応当日の前日までの間、二号俸を引き続き保障する。
ただし、本人の責に帰すべき事由により転職又は降職する場合並びに保障を受けている期間中に八等級に昇進する場合及び動力車乗務員となる場合を除く。」
(2) 同項の改正理由
被告が右賃金規程の改正を行ったのは、次の理由に基づくものであった。
右賃金規定において、被告従業員が動力車乗務員である間、通常受けることができる号俸に二号俸加算して動力車乗務員の給与を増額しているのは、動力車乗務員が乗客の生命を預かり、かつ、単独で運行の責任を負わなければならない重い責任を負っている仕事であること、及び国家資格を要する仕事であること、との点に基づく。右の動力車乗務員について基本給を二号俸加算する制度は、国鉄時代の昭和五一年以来、国労及び動労が、動力車乗務員の職務の特殊性を根拠として国鉄に対し交渉を継続した結果、実現した制度であり、被告においても踏襲されているものである。
しかしながら、右賃金規定三〇条八項三号によれば、兼務発令によって営業係等に異動した者であっても、二年間は右二号俸の加算措置は継続されることになる。これは、本来動力車乗務員から他の職務に異動した場合、直ちに二号俸減俸となるはずであるが、直ちに給与額を減額するのは異動した者に酷であることから、異動した者の生活設計を考慮して特に二年間だけ二号俸の加算措置を維持することとしたものである。
また、被告が二号俸加算する措置を二年間に限定して行うとしたのは、その期間内に定期昇給やベースアップなどが行われることを考えれば、そのような期間が経過すれば実質的な不利益はないに等しくなるので、二号俸を二年間だけ保障すれば足りると考えたためであった。
(3) 同項の成立手続
被告の、従業員や給与などに関する事項については、本社が労働組合と団体交渉するのが原則であるが、原告組合に関しては、組合員が東北地域本社に限定されているので、東北地域本社が被告本社を代行して団体交渉を行っていた。
昭和六三年三月初め、被告本社は、東北地域本社に対し、関連事業の職制の設置についての提案、賃金規程の改正についての提案、兼務解職の通知、の三点について原告組合に対し説明する旨指示した。そこで、被告東北地域本社は、右各事項について説明するための団体交渉を行ったが、関連事業の職制の設置については妥結に至ったものの、賃金規程三〇条八項の改正については妥結に至らなかった。
これは、原告組合が、関連事業に従事している者全員を運転部門に転勤させるか、二号俸の加算措置を将来にわたっても保障するかしない限り妥結しない旨主張したのに対し、被告が、関連事業に従事している従業員を原告組合が主張するような形で運転部門に転勤させることにすれば関連事業が到底成り立たないこと、二号俸の加算措置は前示(2)の理由から二年間に限定するのが妥当であることを主張し、議論が平行線をたどったためである。
なお、賃金規程三〇条八項の改正については、東労組、東日本鉄道産業労働組合との間では妥結したが、国労については妥結に至らなかった。
被告は、右改正後の賃金規程を含んだ就業規則を全従業員に閲覧の機会を与え、事業場の労働者の過半数をもって構成する労働組合の意見を聞いた上、昭和六三年四月一四日までに各事業所の所在地を管轄する各労働基準監督署に届け出た。
(4) 原告高橋らの給与額
本件兼務解職発令の前後である昭和六二年から平成二年に至るまでの原告高橋らの給与収入及び給与所得は別紙12のとおりである。
また、被告の就業規則上、被告における動力車乗務員手当は特殊勤務手当の一類型であるが、特殊勤務手当は、他にも高所、トンネル内などの特殊な勤務を行う者に対しても支給されるのであって、職務の困難性や職務の遂行に通常伴う出費に対して支給されるものである。
以上認定の事実に基づき、本件兼務解職発令について配転命令権の濫用の有無を判断する。
ところで、使用者による配転命令は(国鉄による兼務発令及び被告による兼務解職発令も、使用者の権限濫用を論じるにあたってはこれと性質を同じくするものと解される。)、これによって労働者に対してその生活関係に少なからぬ影響を与える可能性は否定できないので、使用者にその裁量に基づく配転命令権が認められる場合であっても、これを無制約に行使することができるものではなく、これを濫用することが許されないことはいうまでもない。ただ、右濫用にあたる場合としては、当該配転命令につき業務上の必要性が存在しない場合、又は業務上の必要性が存する場合であっても当該配転命令が他の不当な動機・目的をもってなされたものであるときもしくは労働者に対し通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものであるとき等の特段の事情の存する場合に限られると解するのが相当である。
そこで、右特段の事情の有無について、原告らの主張に沿って順次検討する。
(一) まず、原告らが請求原因4(一)(異動による原告高橋らの不利益)において主張するように、原告高橋らは、確かに、本件兼務解職発令及びその後の本件減俸発令によって基本給が二号俸ないし三号俸減俸され、かつ、動力車乗務員の業務を行うことにより通常受給可能となる各種手当が受給されなくなったとの不利益を被ったと一応は見られなくもない。
しかしながら別紙12のとおり、原告高橋らの本件減俸発令前である平成元年及び本件減俸発令後である平成二年の給与収入を比較すると、減額になっている者は一人もいない(なお、原告高橋らのうち、昭和六二年から平成元年に至るまでの間、給与収入及び給与所得に増減がある者が存在するが、本件兼務解職発令は発令の時点で直ちに原告高橋らの給与号俸を減ずる効果を有するものではなく、かつ本件減俸発令の他に給与号俸を減じる発令は証拠上認められないので、右給与所得等の変動は、本件兼務解職発令によって生じた原告高橋らの不利益と判断すべきではない。)。
また、原告らが主張する原告高橋らが動力車乗務員として勤務していた時点で支給されていた各種手当については、被告において右手当は動力車乗務員に対してのみ支給されるものではなく、かつ勤務の危険性や重要性を考慮する趣旨で手当が支給されるものである。つまり、右各種手当は、被告における特定の労務の困難性や職務に伴う出費の必要性を考慮して支給される趣旨であって、右特定の労務を離れた者に支給されないのはむしろ当然である。
したがって、原告ら主張の右不利益は、昭和六三年四月一日の被告賃金規程三〇条八項の改正及び本件減俸発令までの定期昇給及びベースアップによって相当程度補われていると認めるのが相当である。また、原告高橋らの本件兼務発令による勤務場所の変更は、仙台運転区もしくは宮城運転区からいずれも仙台駅であったことなどをも併せ考えると、右に述べたほかに、原告高橋らの不利益を認めることはできない。
よって、原告高橋らの本件兼務解職発令及び賃金減額に伴う不利益は、通常甘受すべき程度を著しく超えるものとまでは評価できず、この点に関する原告らの主張は理由がない。
(二) 原告らは、同(二)(本件兼務解職発令及び賃金減額の不合理性)において、被告賃金規程三〇条八項の改正規程は原告高橋らには適用がなく、この改正規定に基づく原告高橋らの異動は無効である旨主張するので、この点について検討する。
被告賃金規程三〇条八項改正前、すなわち、原告高橋らが被告に採用された昭和六二年四月当時は、被告従業員は動力車乗務員の地位を失えば直ちに二号俸ないし三号俸減俸されるものと規定されていたのに対し、右改正によれば、二年間は動力車乗務員としての号俸を保障するとされたのであるから、被告による右賃金規程の改正は、かえって被告従業員に有利な結果となっており、また、改正理由も動力車乗務員からそれ以外の職に異動した従業員の利益を図る目的であったと解される。したがって、右賃金規程の改正は就業規則の不利益変更にあたらず、かつ、前記の認定事実によれば、右賃金規程の改正手続は有効になされたものと認められる。
また、原告らは、国鉄のなした本件兼務発令は、動力車乗務員を営業係等に異動した場合、一定期間経過後に再度動力車乗務員に異動する趣旨でなされたものであるとも主張する。
しかしながら、前記認定のとおり、本件兼務発令は、国鉄当時、関連事業の展開が模索状態で進められていたことに鑑み、職員の不安を解消する目的、及び、国鉄においては鉄道部門を中心にした職制が敷かれ、関連事業における職制が十分整備されていなかったことから、右鉄道部門と兼務する形をとったに過ぎないものである。そして、余剰人員活用の方策として関連事業の積極的な展開を図ろうとしていた国鉄及び被告が、右原告ら主張のとおりの趣旨で営業係等への異動を行うとは認め難いし、原告高橋正一及び同渋谷勝宏の各供述によっても右事実を認めることはできない。
また、原告らは、原告高橋らは動力車乗務員としての能力に何ら問題はないのであるから、原告高橋らを営業係等に異動した後一定期間経過後に再度動力車乗務員に異動しなければ、原告高橋らと動力車乗務員の職にある他の従業員との間で差別が生じ、不合理である旨主張する。
しかしながら、前記説示のとおり、本件兼務解職発令の当時、被告においては運転士の資格を有し、かつ動力車乗務員として不適格といえない者であっても営業係等に異動する必要に迫られていたと認められるのであるから、原告高橋らを動力車乗務員に異動しないことが不合理であるとまではいえない。
さらに、原告らは、被告では運転士の資格を有する原告高橋らを動力車乗務員に異動せず、他方で、毎年多額の費用を投じて運転士を養成している点で、本件兼務解職発令が不合理である旨主張する。
しかしながら、前説示のとおり、運転士の資格を有しながら動力車乗務員に異動されずに仙台駅営業係等に異動されている被告従業員らは原告高橋らの他にも存在し、その従業員の所属組合は原告組合に限定されないこと、被告においては、従業員を異動する際、現在就いている業務の中身やそれに対する適応力を考慮していること、との点で原告高橋らの不利益は通常甘受すべき程度にとどまっており、かつ他方において、関連事業は被告において今後一層の拡大を図ることが要請される部門であり、右事業に一定の従業員を配置することには合理性を有すること、本件兼務解職発令当時被告では多くの余剰人員を抱え、そのため運転士の資格を有しかつ運転士としての適格性に欠けるところがないと認められる者でも関連事業に配置せざるを得ない状況下にあったこと、動力車乗務員は鉄道事業を目的とする被告にとって不可欠の要員であり、長期的な展望に立った上での不断の養成が必要であることは自明であり、運転士の教育養成のために研修修了直後の運転士を東北地域本社に配置することは不合理であると認めるに足りる証拠はないこと、などの諸点に鑑みると、被告の原告高橋らの異動を不合理であると認めることはできない。
よって、原告らの右各主張はいずれも失当である。
(三) 原告らは、同(三)(従業員間、組合間差別の存在)において、原告組合に所属する原告高橋らと東労組に所属する組合員との間には、被告の処遇において差別的取扱いが存在すると主張する。
しかしながら、本件兼務発令ないし本件兼務解職発令において不当労働行為意思が認め難いことは、後記5において判断するとおりであり、そこに説示するところ及び本件各証拠に照らしても、国鉄ないし被告の原告組合所属の組合員と東労組所属の組合員に対する対応において、右原告らが主張するような不合理な差別があったとまでは認めることができない。
よって、原告らの右主張も理由がない。
(四) 原告らは、同(四)(出向の場合との不均衡)において、動力車乗務員の地位を保持したまま他の会社に出向する者と、兼務発令によって営業係等に異動した者との間で、減俸の有無について差を設けるべきではない旨主張する。
しかしながら、前記認定のとおり、被告においては、兼務発令によって動力車乗務員が営業係等に異動した場合、再度動力車乗務員に異動することなく営業係等にとどまる場合もあって、この場合、営業係等の従業員に動力車乗務員としての給与号俸を認めないのはむしろ当然であり、このことと、そもそも就業規則上の位置づけを異にする出向の場合とを同一に論ずることは適当でない。
よって、原告らの右主張はその前提を欠き、採りえない。
(五) 原告らは、同(五)(本件兼務解職発令の信義則違反)において、国鉄においては、営業係等への異動は異動される動力車乗務員の希望を募って行ってきた慣行があるところ、被告の本件兼務解職発令はそのような慣行を無視してなされた点で信義則違反である旨主張する。
しかしながら、国鉄当時において、仮に原告ら主張のとおりの慣行が存在したとしても、国鉄と国労及び動労との間に交わされていた、配置転換にあたっては本人の意思を十分に尊重することなどを内容とする協約等は、被告設立にあたり失効したこと、及び原告高橋らは、本件兼務発令により少なくとも被告設立時においては、営業係等の職務に従事することとして被告に採用されたものであることなどに照らして、本件兼務解職発令が信義則違反であるとすることはできない。
よって、原告らの右主張は採りえない。
(六) 以上を要するに、被告においては、被告就業規則二八条一項で業務上の都合により従業員に対し異動を命ずることができ、同二項で従業員は正当な理由なくこれを拒絶できないとされているのであるから、被告は、原告高橋らの個別的同意なしに業務上の必要に応じてその裁量により原告高橋らの配置を決定し、もしくは兼務発令又は配置転換を命じて異動せしめた上、労務の提供を求める権限を有していたものというべきである。
そして、被告においては、その設立当初から多くの余剰人員を擁しながら事業経営をする必要に迫られていたところ、そのための方策として、関連事業を積極的に展開することによって、その有効な活用を図るべきことが、その成り立ちからして、必須のものとされていたものであり、また、このことが同時に余剰人員の雇用の確保にも通じるものとされていたのである。
このことは、東北地域本社においても同様で、仙台駅等における飲食店、物品販売店等の関連事業は、東北地域本社の営業活動の重要な柱であり、その事業の展開は多数の余剰人員の活用の観点からも必要不可欠のものであった。しかも、この場合、原告高橋らのように動力車乗務員であった者のみならず、その他の職種にあった者も多数業務命令によって営業係等への異動を必要とする状況にあったものであり、被告発足後の関連事業における組織体制の整備、兼務解職発令により右関連事業に専従することになったものである。
そして、これら一連の経過に鑑みれば、本件兼務解職発令に格別不合理な点は見出し難く、配置命令権の濫用があったと認めることはできず、他に、これを認めるに足りる証拠もない。
5 請求原因5(不当労働行為)について
(一) 原告組合の活動状況
甲第三四号証、甲第四一号証の一ないし六、乙第二八号証、証人針木喬の証言、原告高橋正一、同渋谷勝宏の各本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。
(1) 原告組合結成に至る経緯及び活動状況
昭和五七年七月、第二次臨時行政調査会から第三次答申において国鉄の分割民営化の方針が打ち出されたが、原告高橋らが当時所属していた動労においては、当初この分割民営化の方針に反対であった。
同年九月、仙台運転区において、動労の組合員のうち一人が懲戒免職、一人が一二ケ月の停職処分を受け、動労は当初この組合員の処分に反対する方向で活動してきた。
ところが、同年一一月のダイヤ改正に対し、動労、全国鉄施設労働組合、全動力車労働組合(以下「全動労」という。)の三組合は、方針を転換し、国鉄との間で「57.11ダイヤ改正の実施に伴う労働条件に関する協定」を締結して、分割民営化を容認する方向に転換した。
右の分割民営化容認に伴い、動労仙台地方本部は、方針を転換し、右組合員の各処分に反対する方針を撤回した。これに対し、右処分を受けた組合員らの処分に反対する動労組合員が右組合員らを守る会を結成した。この右組合員を守る会の構成員らによって、昭和五九年二月、原告組合が設立された。
原告組合は、結成後は分割民営化反対の運動方針を貫いている。
また、昭和六一年九月三日、原告組合は組合員二名の異動に関し、仙台鉄道管理局との労使交渉が妥結に至らなかったため、同管理局を相手方として、公共企業体等労働委員会東北地方調停委員会に対し、あっせんの申立てをした。さらに、原告組合は、被告発足後も平成二年及び平成四年にストライキを行っている。
本件兼務発令によって原告組合の組合員は、仙台支部の一三人のうち六人が仙台機関区から営業係等に異動し、その比率は東労組に比較すると高い割合となっている。
(2) 国鉄及び被告の東労組に対する対応
東労組は、路線転換後の動労と鉄労を合わせてできた組合であり、国鉄当局の路線に協力する方針の組合であって、国鉄との間で、労使共同宣言を締結している。
(二) 右認定の事実によれば、確かに、原告らの主張するとおり、原告高橋らの所属する原告組合は、被告設立前は分割民営化に反対するなど、被告との協調路線をとっていなかったこと、かつ、仙台駅直営店における原告組合の組合員の比率は、右東労組に比較すると高いことが認められる。
そして、前掲の各証拠によれば、昭和六三年以降の時点において、仙台駅直営店から動力車乗務員に復帰する被告従業員は東労組のみであることが窺われる。しかしながら、同時に仙台機関区からは全動労の組合員二名中二名が、原告高橋らと同様、異動の対象となっていること、被告と協調路線をとっている東労組の組合員においても営業係等から動力車乗務員に復帰できない者も存在すること(しかもこの復帰できない者がすべて動力車乗務員として不適格であるという事実は証拠上認められない。)、逆に昭和六二年の本件兼務発令当時仙台機関区に所属する原告組合の組合員であっても、一三人中七人が異動されなかったこと、及び原告高橋らの異動先もいずれも仙台駅であることが各認められる。そして、右事実によれば、本件兼務発令及び本件兼務解職発令によって、原告組合の組合としての活動弱体化が図られたとは認め難く、また、被告において、ことさら原告組合に対し嫌悪感を表現する言動をしたとの事実、あるいは、前示の異動の基準に照らして、動力車乗務員に復帰した被告の他の従業員と比べて原告高橋らの方がより動力車乗務員としての適性を有し、復帰することに相当の理由があるとまで認めるに足りる証拠はない。そして、本件兼務解職発令及び賃金減額は、原告高橋ら動力車乗務員であった者のみならず、他の職種をも含む被告従業員に等しく適用され、かつ、原告組合の組合員のみを対象にしたものとはいえないこと、の各事実からすれば、本件兼務解職発令に際し、被告において不当労働行為意思があったとまで認めることはできないものというべきであり、他に右事実を認めるに足りる証拠はない。
そして、原告らが、国鉄分割民営化の本質は、国鉄労働運動の解体を目的とした国家的規模の不当労働行為であるとする点は、国の立法政策の当否を問題にするに他ならないものであり、原告らが被告の不当労働行為意思の現れとして主張する点は前示4で認定したとおり、いずれも合理性を有するものというべきである。さらに、本件兼務解職発令が原告組合に影響を及ぼしたとの点についても、具体的な主張、立証はなく、本件全証拠をもってもこれを認めるに足りない。
(三) 以上検討したとおり、請求原因5も理由がない。
三 したがって、被告の原告高橋らに対する本件兼務解職発令について、労働契約違反、配転命令権の濫用、不当労働行為該当性はいずれもこれを認めることはできず、不法行為を構成するとはいえないから、その余の点について判断するまでもなく、原告らの損害賠償請求は、いずれも理由がない。
四 結論
よって、原告高橋らの甲事件における動力車乗務員兼務解職の無効確認を求める部分の訴えをいずれも不適法として却下し、同原告らのその余の甲事件における請求及び原告らの乙事件における請求をいずれも失当として棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官梅津和宏 裁判官大野勝則 裁判官関述之)
別紙1 勤務箇所、職名目録<省略>
〃 2 給与号俸目録<省略>
〃 3〜10個人別経歴書<省略>
〃 11 個人別賃金差額<省略>
〃 12 原告ら給与収入及び給与所得額の推移<省略>